クラフトビールの先駆け「地ビール0号」が歩んだ道 サンクトガーレン有限会社 岩本伸久さん

今回は、ここがなければ、地ビールやクラフトビールも生まれなかったかもしれない「元祖地ビールメーカー『サンクトガーレン』」の岩本伸久さんに取材させていただきました。これまでのサンクトガーレンの歴史やビールの特徴などについてお伺いしてきました!

サンクトガーレンさんは、各地のビアイベントはもちろんのこと、ECサイトなどでも、面白い取り組みをされているビールメーカーです。そんなサンクトガーレンさんのビールを初めて飲んだのは、ボジョレー解禁日に飲んだ「麦ワイン」でした。そんな、様々な取り組みを行ったりやビールを造っているサンクトガーレンさんを取材しました!



「地ビール0号」のビール造りはアメリカスタート⁈そして、「厚木」へ。

サンクトガーレン岩本社長

(ビール工場内で撮影した岩本社長)

SAKE RECO:本日は、よろしくお願いします!

岩本さん:よろしくお願いします!では、工場の中を回りながら、お話していく形でもいいですか?

SAKE RECO:はい!では、サンクトガーレン創業までを教えてもらえますか?

岩本さん:そもそもビールを造り始める前に、父の会社で、中華料理の飲茶(ヤムチャ)を作っていました。新宿や池袋、中華街、六本木などにお店を出していて、当時は、バブル絶頂期で、アメリカにもお店を出すくらいだったんですね。それで、アメリカに行くわけです。

それが、1989年頃でした。カリフォルニアのあるレストランに入った時、そこで、なんと「ビール」を作っていたんです。「こんなことができるのか」と驚きつつも、「これをやれないか?」と考えるようになりました。そして、日本に帰国後、色々と調べたり、詳しい人に聞いたんですが、日本の「規制」で出来ないということがわかりました。というのも、その当時、ビールを造るための免許を取得するには、「2,000klの生産」が条件でした…。「2,000kl」って、「500mlの缶ビールを400万本」造る計算です…。ビール大瓶に換算しても、1日に約8,600本を生産するくらいです…。この数字を聞いてわかるかもしれませんが、大手ビールメーカーでないと出来ない数字ですよ。今はもちろん違いますが、その当時の国税庁からの返事には、「日本に小規模醸造所は不要である」と…。そこで、日本では出来ないということがはっきりしましたね。

SAKE RECO:日本でのビール造りから始めたんではないんですか?

岩本さん:そうなんですよ。それでも、「どうしてもビールを造りたかった」ので、アメリカで醸造所を造り、免許を取得し、ビール造りをスタートさせました。ちょうどその頃、日本では「規制緩和」が叫ばれた時代で、G7サミットでも、規制に縛られていた日本は非難される潮流にありました。そんな時に、『TIME』という雑誌に、私たちのアメリカの醸造所が載ったんですね。そこには、

岩本は、ビール造りは好きだが、日本では、残念ながら、作れない。

岩本の夢は叶った(NOT IN TOKYO)

と書かれていました。その記事を、フジテレビ系列の「報道2001」という番組で、この記事について、竹村健一さんという方が、取り上げてくださって、そこで、ビールの醸造免許も規制緩和の目玉になり、「地ビール解禁」となったんですね。それが、1994年でした。これは、私たちがビールマニアの方に言われることなんですが、「地ビール0号」と。

SAKE RECO:それから、すぐに日本でビール造りをされたんですか?

岩本さん:いえ、ビール醸造所がアメリカにあったので、すぐには参入しなかったんです。ただ、もう一つの理由があって、その当時、酒税という観点で、「日本でビールを造るメリットがなかった」ということでした。というのも、アメリカでは、大手ビールメーカーのアンハイザーブッシュにかかる酒税は、だいたい「1 ℓ あたり28円」だったのに対して、僕らがサンフランシスコで運営していた小さな醸造所には、「1 ℓ あたり13円」にしてくれていた。要するに、アメリカというマーケットは、小さいものに競争力を付けさせることをしてくれるんですよ。でも、それに対して日本は、「1 ℓ あたり222円」ですよ。そもそも桁というか「スケール」が違いますよ。要するに、アメリカのような競争力を付けさせるような施策もなかったわけです。

ということで、私たちは、アメリカで造ったビールを輸入したり、六本木でノンアルコールビールを造ったりして、なんとか自分たちが造ったビールを「日本で」飲んでもらうためのことを必死でやりましたね。ただ、アメリカで造ったビールを日本に持ってくると、どうしても「品質が落ちてしまう」んです。せっかく美味しいビールを懸命に造ったのに、美味しく飲んでもらえないなんて、ちょっと悲しいじゃないですか。

そこで、1997年に厚木に醸造所を造ったんです。

険しきビールの造りの道

サンクトガーレンビール工場

SAKE RECO:いよいよビール造りが本格的に日本でスタートできたんですね。

岩本さん:ただ、思い描いたように「すんなりと」は行きませんでした。というのも、1997年と言えば、日本のバブル崩壊後、景気が冷え込んでいた時期で、父の会社もその煽りを受けて、せっかく厚木に醸造所を造ったのに、ビール免許の更新ができなくなってしまったんです。父の会社も苦しい状況にあったのですが、これまで磨き続けてきたビール造りをどうしても続けたくて、父の会社の取締役を辞して、再度、免許の取得を申請しました。

でも、世の中、そんなに甘くはなかったですね。免許の管轄の税務署に何度も通いましたが、父の会社で役員をしていたこともあって、なかなか「認可」が下りなかったんです。今は、比較的、規制緩和もあって、醸造免許の取得は以前よりはよくなったのかなと思いますが、その当時は、本当に免許を取得するのが難しかったんです。そして、時間をかけてようやく2002年に「免許」が認められました。

SAKE RECO:2002年に免許を取得してからのビール造りのスタートはどんな手応えだったんでしょうか?

岩本さん:2003年から2005年の3年間は、非常に苦しい時期を過ごしました。設備はあるけど、原材料を購入するのに、資金が必要なので、資金調達をする訳ですが、かなり大変でした。父の会社の状況もあったので、誰も資金を融資してくれなかったんです。ただ、唯一、現在の政策金融公庫から融資を受けることができ、何とかビール造りをすることができました。

SAKE RECO:ビールの醸造免許が失い、そして、再申請、資金調達そしてビール造りと非常に大変な時期だったとお伺いしましたが、それをやり抜く原動力はどのようなものだったのでしょうか?

岩本さん:「どうしてもビールを造りたかった」という思いだけですよ。「ビールを造ること」は、「父の夢」でもあったし、何より「自分の夢」だったから。そう思えたのも、私が唯一褒められたことが、「ビール造り」だったってこともあるかな。自分が造ったビールが褒められることが『素直に』嬉しかったんですよね。だから、「ビール造り」しかなかったんだよな。

「胸を張れるビール」を造っているから…

サンクトガーレン工場内

SAKE RECO:では、ビール造りの再始動の当初は、お一人で全て製造・販売もされていたんですか?

岩本さん:もちろん、資金も潤沢ではなかったしね(笑)ただ、ビールを造り始めてから、3年くらい経って、ある女性との出会いが、サンクトガーレンの転換になったんですよ。それは、現在、弊社で広報担当の中川との出会いです。その時、彼女は、弊社の取引先のアミューズメント施設の広報をやっていたんです。それで、うちのビールに興味を持ってくれて、「次、どんなビールを造るんですか」なんてことを聞いてきたんですね。私は、「ヴィンテージビールを造りたい」と。そんな会話をしていたら、勝手に自分の中で、「バーレイワインかな…」それとも「インペリアルスタウトかな…」と考えるようになって、自分自身が、チョコレートのようなキャラクターの強い黒ビールが好きだったので、「じゃあ、チョコレートスタウト」を作ろうということになったんです。

チョコレート風味ということやちょうど1月上旬には造れるということもあって、「バレンタインデー」のギフトとして、広報をやっていた中川が、各社にそのビールのリリースを出してくれたんですね。ただ、本業があるので、片手間でやってくれていました。そしたら、新聞や各メディアからバンバン取材が来て、本当に驚きましたよ…。「こんなに来るなんて」と。ただ、彼女からは、「お酒の業界には、いっぱいネタがあるのに、人に知られぬまま、終わっていく。むしろ、広報活動をやれば、今よりも必ず反響がある。」って言われたので、本当にその通りだなと感心しました。

そして、1月18日の発売から3日間で、ほぼ完売でした。しかも、発売3日目には、電話もサイト注文後に送られて来るメールも引っ切り無しに鳴り続くくらいの反響でした。調べてみると、「yahooニュース」のトップに掲載されていて、Webの威力に驚きました。

SAKE RECO:チョコレートスタウトを造り、販売したことで、ご自身のビール造りに何か変化はありましたか?

岩本さん:「お客様」について、より知ることができたと思います。それまで、地ビールを購入する人というのは、「マニア」・「ビール好き」・「お土産購入者」と思っていて、私たちは、その中でも「マニア」の人に飲んでもらえるビールを造ってきたし、それでいいと思っていました。でも、「チョコレートスタウト」を購入するお客様とお話してみると、「チョコレート風味」に興味を持って購入される人も多くいることがわかって、「風味を感じられる」のであれば、まだまだ「エールビール」の将来はあるんじゃないかって思えるようになったんです。そこから、「スイーツビール」を造り始めました。

その一つが、今も弊社の人気ビールの「湘南ゴールドビール」です。このビールには、ストーリーがあって、たまたま香りがしっかりしている「湘南ゴールド」というみかんが神奈川で造られていることを知ったんです。横浜高島屋で、実際に手に取ってみると、香りや色もよくて、「これを使ってみたい」と思って、色々と探し回りました。そして直接みかん農家さんにも連絡したりして、ようやく「根府川試験場」に行き着いて、湘南ゴールドを手にすることができて、そこから「湘南ゴールド」を使ったビールを造るようになりました。


これまであまりビールを召し上がってこなかったお客様からは「もともとビールはあまり飲まなかったんですが、飲みやすくて、ビールが好きになりました」などお褒めのお言葉をもらえることも多くなりましたね。ただ一方で、これまで弊社のビールマニアなファンの方からは、辛辣なご意見も多数ありました。広報やマーケティングの前線で動いてくれていた中川からは、「スイーツビールをやめたほうがいいんではないか」という話も出たんです。そりゃそうですよね、だって、色々なサイトや情報誌から情報を収集して、発信する彼女にとっては、「評判」や「口コミ」は大事な仕事の材料ですから。ただ、私は、「いや、辞める必要ないんじゃないか?だって、好きな人はたくさんいるし、何よりさ、俺、『自信を持って胸張れるビール作ってる』からさ。」と言って、造り続けます。

そんな時に、ジャパンビアフェスティバルで、来場者人気第一になったのが、弊社のスイーツビールの「スイートバニアスタウト」だったんです。その時は、中川との話もあったので、とても嬉しかったですよ。

まだまだ、取材はこのあとも続いていますので、次回は、サンクトガーレンの様々な「ビール造りの取り組み」と「今後のビール造り」についてご紹介します!

【詳細情報】

住所:神奈川県厚木市金田1137−1
電話番号:046-224-2317

公式サイト:https://www.sanktgallenbrewery.com/
Facebook:https://www.facebook.com/SanktGallenBrewery/
Twitter:https://twitter.com/SanktGallenSHOP
Instagram:https://www.instagram.com/mikisanktgallen/

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