伊勢神宮の御料酒蔵元としての「こだわり」と「歴史」とは 白鷹株式会社 東京支店長 瀬戸光一さん

江戸時代以降、清酒の一大生産地として牽引してきた「灘酒」。その中でも、現在、伊勢神宮の「御料酒」として採用されてから90年以上の歴史がある「白鷹株式会社」。そんな歴史ある白鷹株式会社は、1862年の創業より東京での販売に力を入れてきました。現在、白鷹株式会社の東京支店長の瀬戸光一さんに、白鷹の「歴史」について聞いてきました。

「趣味」から「仕事」へ。「知って、体感してもらう」ことの大切とは?

Q:本日はよろしくお願いします。早速ですが、瀬戸さんのこれまでのご経歴を教えていただきますか。

(瀬戸さん):よろしくお願いします。白鷹株式会社に入社する前は、業務用冷凍機器商社、そして、業務用食品メーカーの営業をしていました。私は、若い時から、お酒が好きで、白鷹に入社する前には、趣味で、唎酒師のライセンスを取得するほどでした。ちょうどそのタイミングで、前職を退職して、次の職を考えていた時に、「白鷹」とご縁があり、入社しました。それが、2005年の時でしたね。

Q:趣味で「唎酒師」のライセンスの取得するきっかけは何だったんですか?

(瀬戸さん):「張り合えるもの」が欲しかったんです。というのも、前職が業務用食品メーカーの営業だったので、お取引先が、食のプロフェッショナルである「シェフ」や「板前」、「商品開発担当」の方々で、彼らとのお打ち合わせでは、当然、「味」についての商談が多いわけです。彼らの味のプロフェッショナルとしての格好良さに憧れ、私も、「何か張り合えるものが欲しい」と思い、その当時、「唎酒師」という資格を知り、資格取得にチャレンジしました。ちなみに、余談ですが、今年開催された「第5回世界唎酒師コンクール」ファイナリストに選ばれました!この経験を、白鷹を知ってもらうということに繋げて行きたいと思っています。

Q:では、これまでの「飲む側」から「販売する側」になったことで感じた「違い」は何かありましたか?

(瀬戸さん):そうですね、想像とは、かなり違いましたね。まず、営業として、お酒が「売れない」という現実を突き付けられました。お酒を飲む側であった時は、あまり感じなかったのですが、人口が減ったり、お酒離れが進んでいるということもあり、その「売れない」という現実と向き合うのが、大変でしたね。あとは、これまでは、食品メーカーという規格化・機械化が進んだ業界にいたので、酒業界は、その対照で、手作業を大事にしていることに、とても驚きました。しかも、それでいて、まだまだ世の中には多く知られていないお酒が数多くあることにも、驚きましたし、魅力を感じました。改めて、お酒を販売する側になってみて、気づけたことは、大変多かったと思います。

Q:販売するのが大変だったとのことですが、その時に工夫していたことや心掛けていたことはありますか?

史記の一説

(瀬戸さん):工夫していたことや心掛けていたことをお話する前に、販売のお話をもう少しさせてもらってもいいですか?弊社には、社是があります。「桃李不言下自成蹊」という史記の一説です。この社是から、白鷹のお酒は、「品質にこだわり、いいお酒であれば、自ずと売れる」という考え方があります。しかし、営業の私は、白鷹のお酒を売らなければならない責任もあり、その当時は、「社是」と「営業の責務」という二つに挟まれたジレンマがありました。それでも、入社した当時は、1本でも多く、購入してもらいたいと思って、営業に奔走していました。しかし、少しずつ、白鷹の「美味しさ」や「こだわり」を自分なりに咀嚼していけるようになってきて、「ある思い」に至りました。それは、「中途での入社だけど、美味しい白鷹を誰よりも愛し、好きでいよう」という思いでした。

白鷹東京支店瀬戸さん

それからは、お客様に立ち止まってもらい、「白鷹のストーリーを聞いてもらって、実際に飲んでもらうこと」を非常に大切にするようになりました。そこまでに、10年かかりました(笑)それからは、なるべく多くの販売店に立たせてもらうようにしています。そこで心掛けているのは、販売店に立つ時には、「ここは、酒蔵の人間が直接、お客様にプレゼンテーションできる場所」と思うようにしています。そして今では、お客様に、「◯月◯日に△△で日本酒飲んだな〜」でもいいので、「白鷹」というお酒を知ってもらって、体感してもらえるように営業するようになりました。

伊勢神宮の「御料酒」に採用された「白鷹」の歴史と酒造り

Q:では、次に「白鷹」について教えていただきたいと思います。白鷹の創業は、いつだったのでしょうか?

(瀬戸さん):創業は、1862年(文久2年)になります。創業者は、辰馬悦蔵(幼名:益之助)です。彼は、もともと、西宮の名家「浅尾家」の長男として生まれます。益之助は、母親が教育熱心であったこともあり、幅広い教養を身につけ、西宮では有名な青年に成長しました。その時代、西宮には、最大手の酒造家「辰馬家」という創業200年の歴史を持つ西宮を代表する酒蔵がありました。この辰馬家では、この時期に、10代目が急逝され、その妻が酒蔵の切り盛りをしていました。しかし、将来のことを考え、教養豊かな悦蔵を三女の婿養子として、招き入れました。そういった経緯で、益之助は、現在『白鹿』で有名な辰馬本家に入ることとなりました。

富岡鉄斎と辰馬悦蔵

(左が富岡鉄斎、右が辰馬悦蔵)

ここからは、私の想像を含んだ話になるのですが、強いこだわりを持っていた悦蔵は、大旦那として酒蔵を切り盛りするより、自分自身で、酒造りをしたい気持ちが強くなったんではないかなと思います。ただ、当然、辰馬本家の後継として婿養子に入っているわけですから、無条件に辰馬家を飛び出して、酒造りをすることができません。そこで、息子を残していくことにし、後継ぎを考えて、自らの酒造りに進んで行ったのではないかと考えられます。そして、西宮にある古い酒蔵を買い上げて、酒造りを始めます。それが、先ほど申し上げた1862年(文久2年)です。

Q:その当時から、江戸(東京)でお酒を販売していたのでしょうか?

白鷹東京支店の瀬戸さん

(白鷹東京支店から見える新川河岸)

(瀬戸さん):はい。創業当初は、100%近くのお酒を江戸(東京)に卸していたようです。そのお酒は、樽廻船で、西宮を出て、江戸(東京)湾に入り、この日本橋新川の河岸で荷下ろしされました。現在の東京支店がある場所も、その名残です。また、江戸(東京)に早くから卸していたということもあり、現在でも、東京の割烹料亭などに置いていただいております。ただ、創業当初とは違い、伊勢神宮の御料酒にも採用されたことで、現在では、東海地区のシェアを関西地区に入れると、関東4割、関西6割の割合くらいになります。東海地区を入れないと、関東と関西で、半々のシェアになるかと思います。

Q:創業以来、明治時代に内国博覧会やパリ万博など国内外で、賞賛されたお酒を造って来られたと思うのですが、伊勢神宮の御料酒として採用されたのはいつごろですか?また、御料酒について教えていただけますか?

フランス国際大博覧会大賞

(1900年(明治33年)佛蘭西共和国 国際大博覧会 大賞)

(瀬戸さん):伊勢神宮の御料酒に採用されたのは、1924年(大正13年)です。この御料酒は、神様のお食事の際に献上されるお酒のことを言います。そもそも神様も、私たちと同じように、朝晩のお食事をされます。伊勢神宮では、これを、日毎朝夕大御饌祭(ひごとあさゆうおおみけのまつり)というのですが、このお食事の献立の中に、御料酒があります。よくみなさんお間違いになられるんですが、「御料酒」と「御神酒」は違います。御料酒は、「神様のお食事」で、御神酒は、「神前にお供えして、霊力がそのお酒に宿り、その後、私たちも頂くことができるお酒」を言います。

伊勢神宮のつみ樽

(伊勢神宮のつみ樽)

この御料酒には、「清酒」「白酒」「黒酒」「醴酒」があります。この中で、「清酒」を日本で唯一民間で造らせていただいているのが、「白鷹」です。そのほかの「白酒」「黒酒」「醴酒」は、実は、「伊勢神宮」で造られています。伊勢神宮でも、醸す技術は、かつてからありましたので、そのため、現在でもこの3つのお酒は、伊勢神宮で造られています。

Q:では、伊勢神宮でもお酒を造る技術があったにも関わらず、なぜ、1924年(大正13年)に御社が採用されたのでしょうか?

(瀬戸さん):実は、社内の文献などに目を通しても、確かなことがわかりません。ただ、この時代は、富国強兵の影響もあり、酒造りへの取締りも厳しくなっていった時代でしたし、また酒造税法の改正も、頻繁に、繰り返されていたこともあり、様々な理由が重なって、伊勢神宮以外の清酒の採用に至ったのだと思います。ただ、私たちが考えるのは、弊社の創業以来、品質第一のこだわりでお酒を作り続けてきた姿勢が、評価されたんではないかと思います。その当時、2800箇所程度の酒蔵があったとされた中から選ばれているわけですから、唯一白鷹が選ばれているので、とても名誉あることだと思います。

Q:これまで、伊勢神宮の御料酒として、お酒造りをされてきた白鷹さんですが、その分だけ、多くの苦難もあったのかなと思います。特に、1995年の阪神淡路大震災では、西宮も大きな被害が出た地域だと思うのですが、白鷹の酒蔵はどうだったのでしょうか?

(白鷹本社)

(瀬戸さん):そうですね、ちょうど一月ということもあって、酒造りの一番忙しい時期だったのですが、弊社の酒造りが、時期が遅れて仕込む「生酛造り」なので、生産に関しては、全損にはならなかったと聞いています。建物自体の被害は、あれだけ大きな地震でしたが、造りが堅牢でしっかりしていたのでほとんどなかったようです。ただ、作りたてのお酒の被害ですが、いくつかのタンクにヒビが入ってしまったことで、錆びが入り、数本のタンクに被害がありました。また、それだけでなく、被害が一番大きかったのは、P箱に積んでいた瓶詰めされたお酒が割れてしまい、多くのお酒がダメになってしまいました。そういった困難もありましたが、今でも、品質にこだわりを持って、伊勢神宮の御料酒蔵元として、酒造りができているのは、私たちの誇りですね。

次回は、白鷹の酒造りへの「こだわり」と白鷹のお酒の楽しみ方、そして、今後の日本酒業界と白鷹についてご紹介します!

【詳細情報】

住所:兵庫県西宮市浜町1−1
電話番号:0798-33-0001
代表銘柄:『白鷹』『悦蔵』

公式サイト:https://hakutaka.jp/
Instagram:https://www.instagram.com/hakutaka.jp/

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