ワインを初めて飲んだのは織田信長だった⁈歴史から紐解く信長が飲んだワインとは⁈

戦国時代の象徴とも言える織田信長だが、戦や政治など以外にも、思わぬところで記述を見かけることがある。それは、日本人で初めてワインを飲んだということです。そこで今回は、桶狭間の戦いや本能寺の変で有名な織田信長が飲んだワインとはどんなワインであったのかを、様々な視点で考えて行きたいと思う。



織田信長が初めてワインを飲んだって本当⁈

実際、織田信長がワインを飲んだという文書での記載は、見つけることができません。ですので、今回の記事では、「仮に」織田信長がワインを飲んでいたのであれば、どんなワインだったのかを様々な角度から考えてみてみようと思います!

織田信長が飲んだかもしれないワインって?

織田信長が飲んだかもしれないワインって何だったのでしょうか?ちょっとそれを知るためにも、その当時を少し振り返ってみることにしましょう。

お酒業界が変革していった安土桃山時代⁈

そもそも、織田信長が生きたのが、1534年(天文3年)〜1582年(天正10年)です。簡単に、織田信長年表をまとめてみましょう。

重要西暦(和暦)年齢出来事
1534年(天文3年)0歳誕生
1552年(天文21年)18歳父:織田信秀死去。織田家の家督を継承。
1560年(永禄3年)27歳桶狭間の戦いで、今川義元を破る
1567年(永禄10年)34歳岐阜城に拠点を移す。
☆☆☆1567〜68年(永禄10〜11年)34〜35歳美濃・加納、近江・安土、近江・金森などに楽市楽座令を敷く
1571年(元亀元年)38歳延暦寺焼き討ち
1573年(元亀3〜4年)40歳室町幕府を滅ぼす
1575年(天正3年)42歳長篠の戦い
☆☆1576年(天正4年)43歳安土城を築く
1582年(天正10年)49歳本能寺の変

なぜ、織田信長の年表を書いたかというと、実は、安土桃山時代からお酒の業界が少しずつ変わってきて、江戸時代の酒造りに繋がってくることが、彼が行った施策から少し読み取れるからです。

というのも、この当時から多くの酒蔵が、「街道沿い」で創業するようになりました。しかもその街道というのが、ほとんどが、藩主や武将が拠点に置いた城の城下町を通るものでありました。その理由も、織田信長の施策に紐づいてきます。それが、織田信長が積極的に行った「築城」と「楽市楽座」を通じての、流通の整備でした。このことからも、安土桃山時代以降、酒造りが変わるきっかけになったのはいうまでもありません。

そんなお酒業界が変わりつつあった安土桃山時代は、外からのお酒も入ってくるようになります。それが、「珍蛇(チンタ)酒」と呼ばれるものでした。実は、この「珍蛇酒」を織田信長が飲んだのではないかという声が非常に多いです。そこで、今回は、織田信長が「珍蛇酒」を飲んだとすると、その織田信長が飲んだ「珍蛇酒」とは、どんなものだったのかを考えてみましょう。

織田信長が飲んだお酒「珍蛇酒」とは⁈

織田信長が飲んだ「珍蛇酒」とは、どんなお酒だったのかを少し様々な面から見てみましょう。

貿 易

1543年(天文12年)にポルトガル人から鉄砲が伝来し、1549年(天文18年)には、同国の王ジョアン3世の派遣で、フランシスコ・ザビエルが来日した。これ以降、日本とポルトガルには、定期航路でき、貿易が行われるようになった。ポルトガル以外の国とも貿易は行っていたが、織田信長が異国好きであることに相まって、当時の南蛮貿易は、ポルトガルがマカオなどで、他の国からの輸入品を集めて、日本に持ってきていた。

結論①:「珍蛇酒」はポルトガルのお酒である可能性が高い。

ポルトガルのお酒「珍蛇酒」

織田信長とも親交があったポルトガル宣教師のルイス・フロイスが、お酒の記載を文書に残している。

酒は米から出来ているが、ブドウから造られたワインはヨーロッパからの輸入品で、これはミサ用として使うブドウ酒か、大人用の薬として用いるだけである                         (著書:日本史)

ということは、この当時、ヨーロッパから輸入されているお酒は、ワインということがわかります。また、ポルトガル語で、赤を示す「Tinto(ティント)」を日本語的に読むと「珍蛇(チンタ)」になってと考えられます。なので、織田信長は、赤ワインを飲んだと考えられます!

結論②ポルトガルの赤ワインの可能性が高い!

どんなポルトガルワインだったのか⁈

そもそもワインは、現在でもワインセラーがあるように、温度と湿度管理が非常に重要なお酒です。そこで、下記の地図をみてください(Wikipediaより拝借しております。)

ここで、緑色の線が、ポルトガルから日本までの航路です。これを見ると、北半球から南半球に移って、航海していることがわかります。ということは、かなりの温度差があり、普通のワインを劣化させてしまいます。特に、30〜35℃以上の気温になると、ワインの中に含まれる酢酸が過剰に活発化してしまい、酸味がひどいワインになってしまうことが考えられます。そのため、みなさんが通常コンビニなどで購入するワインではない可能性が高いです。しかも、織田信長は、甘党であったことを考えてもそうだと考える方が妥当だと思います。

では、どんなワインであったかを考えると、ポルトガルワインの代表の1つにあげられるのは、「ポートワイン」です。現在は、デザートワインとして位置付けられていることも多いように、甘口のお酒です。しかも、現在でも、長期保存可能な熟成タイプのワインであることからもポートワインである可能性が高いです。しかも、織田信長も甘党なので、こちらも合致しますね。

最終結論:織田信長が飲んだ「珍蛇酒」は、赤みがかった甘口のポートワインだった!

織田信長の飲んだ「珍蛇酒」を思って飲んでみたいポートワイン

おそらく、織田信長が飲んだかもしれない「珍蛇酒」、ポートワインは、長い時間の船旅にも耐えられ、なおかつポルトガル人から献上してすぐでも美味しいものであったことを想定すると、すでに長期熟成されているトゥニー・ポートワインの可能性がある。そんなおすすめのトゥニー・ポートワインは?

ぜひ、試しに飲んでみてください!

最後に

いかがだったでしょうか?織田信長の飲んだワインをお酒の特徴と歴史から紐解いてみました。あまり日本では、ポートワインを召し上がる人は多くないですが、試してみるのもいいかもしれません。

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